843-教育とは影響を与えること.

 影響には、カンタンにいうと良い影響と悪い影響がある。
 
 何を基準に良い悪いを論じるかは、これまた途方もない論議が
いるだろう。僕も毎度思う。ようは「人間万事塞翁が馬」なの
だ。

 

 基準はさておき、良い影響は推奨され、悪い影響は駄目かとい
えばそうでもない。残酷だけどアホな教師を見て、社会の縮図
を子供はリアルに知る。僕が中学生の時、シンナーの吸い過ぎ
で両肺の大手術をした先輩が奇跡の生還後、その痛々しい傷を
誇らしげに見せた。おかげで僕はシンナーには手をださなかっ
た。

 子供は大人の考える何倍も大人で意外に察しがいい。
 いいことの中からも悪いことの中からも学ぼうと思えば学べる
もんだ。

 今日読み終えた本なんだけど「戦後戦記」というダイエー元オー 
ナーの中内功氏の晩年をジャーナリストの佐野眞一さんが書いた
本がある。

 ベストセラーになった「カリスマ」の後の話であるが、その本
の後半、佐野氏とセゾングループ元社長である堤清二氏との対談
録の284pに興味深い記述があった。

「自分はセゾン文化で育った」とか「あなたの展示会で絵に興味
をもつようになった」と言ってくれる。そうした人達の話を聞く
と僕は、何か罪を犯した気持ちにもなります。
人に影響を与えたということは恐いという認識があるものですか
ら・・・」という言葉がある。

 影響を与えることは恐ろしいこと。
 つまり重い責任があると言ってるのだ。
 たしかに人に影響を与えるというのは功罪があるだろう。

 その大きな責任を、教育者が自覚してるかということが大事な
んだ。
 
 教えてあげよう。影響を与えようなんてのが強過ぎてはいけな
い。慎ましさが必要なんだね。

 素晴らしい考えだと思う。

 しかし影響力の強い人間に期せずして会うと、それはもう影響
を受けないわけにはいかない。触れただけで妊娠するではない
が、それはもうエネルギーの伝導なのです。

 知識とか説教とか経歴とかよりも、その人自体の人間力・身の
こなし・笑顔・雰囲気なんだ。

 人生とは、交差点の事故なのだ。
 その後の人生を大きく変えるような事故に何回会うだろう。

 だんだん歳をとると、君子危うきに近寄らずで人に会うのが億
劫になる。でも引き蘢ってるわけにはいかない。勇気を持って
下界に交差点に飛び出そう。

  2011年07月19日   岡崎 太郎