158-船乗りの行商

それは今日の15時頃。

浅黒く日焼けした、岩城 滉一似のおじさんが、突如来社した。

 

彼は「吉田」と名乗り・・・


親しげに「社長はいますか?」と・・・
おもわずスタッフが「はいはい」と事務所の中に通してしまった
のだ。・・・・おいおい。

一体何の用事だろう?

スーツでなく私服だから、教材のセールスマンにも見えない。

それにしても、やけに馴れ馴れしい。


すると察したのだろうか。説明をはじめた。

「自分はブラジル船の船乗りで、半年振りに日本に帰ってきた」
「今日はぜひ社長に見てもらいたいものがある」

ブラジル?何の事?彼の勢いに押されて、断る術もなくまごつい
ていると・・・・。

「下の車にブツがあるのでちょっとまってて」と笑顔で一旦戻る
と数分後に、自称・機関士と名乗る男性が大きなカバンをもって
先ほどの吉田さんと二人で現れた。

「まぁ見てやってください。」と彼が取り出したのは・・・

直径30センチもある、黄水晶の丸玉。

それはそれは立派な水晶。
まるでボーリングの球サイズである。
ブラジルから持ち出し禁止の究極の水晶らしい。

ほんまかいな?

次に取り出したのは、紅水晶・直径20センチ。
これもなかなかだけど・・・

そして「トパーズ」原石を直径8.7センチの丸玉に加工した物。
光の当たり具合で、模様が変わって見える。

うーん不思議な石だね。

それと緑の翡翠(ヒスイ)の原石を直径20センチの丸玉に加工
したものを次々にカバンから取り出し床に並べ出した。

たしかに凄いのは凄いが、意味がわからない。

・・彼らは、たぶん、これらを買えといっているのだろう?

すると彼は、なぜこんな行商をしているかを話し始めた。

「仲間の乗組員が20名いるんだが、給与は全部家族に送ってる
から、ちょっと夜遊びに行く軍資金を稼ぐ為なんだけどね。
俺ら二人がジャンケンに負けちゃってさ(笑)」

「これらの品物は、ブラジルで物々交換おもに中古のパソコンや
なんかで交換してきたもんだ、なにせインフレだから(笑)」

「日本じゃなかなか手に入らないですぜ。」

「社長いくらでもいいんで買ってやってください!」

白昼いきなり、自称「船乗り」に、飛び込み訪問販売のセールス
を受けると思っていなかったので、かなり面食らった。


「仲間が20人ってじゃあ一人1万の予算で20万位ですか?」

「そうそう社長話が早いね。そんなとこさ!」

「でもちゃんとした宝石屋にもっていったらいいじゃない。」

「いやね、これアルバイトだからさ、ほら身分証明書なんかだす
と面倒でしょうが、会社員だから一応・・・・」

会社員なんだ?

「はぁああ? でも僕はそんなイキナリ20万とか言われても
もう少し安めの小さなモノは無いの?」

「いやーいんですよ。社長とりあえず値段決めてください。」

「そんな事言われてもね・・・あんまり安く言えないし・・・」

「どれが気に入りましたか?言って下さい。」

「そうね・・・・このトパーズが一番気になるね。」

「そうでしょ・そうでしょ、これ、彼(機関士)の宝物ですよ」

「はぁ。」

「はぁじゃなくて・・・いくらでもいんですよ。」


「財布には4万しかないからさ。」


「オッケーよ」

「えっ」

ここから帰り支度が早かった。

お金を受け取ると、サッサと・・・・「社長ではまた半年後!」
「じゃあ・ありがとうございました。」


「あっ・はい」

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何が起こったのだろうか?

しばし理解不能の僕だったのだが・・・・・

残された僕は、とりあえずYahooオークションで値段確認。
とはいえ、この手の宝石関連は値段があってないようなモノ。

全く同じモノなど、出品されておらず・・・・結局価格は不明。

いったいこの「結果42000円」で譲り受けた、トパーズの丸玉安
いのやら高いのやら。

しかしどうして、断りきれずに買ってしまったのだろうか?

セールスの基本など無視したこのやりとり?
この物が売れない時代なのに・・・・・・?


これは考えるに「吉田さん」の元気と笑顔しか考えられない。

船乗りと言う職業柄なのだろうか?

年齢は50歳らしいが、確かに42歳位には見える・・・・

しかし年齢どうのより、彼の生命エネルギーの強さか?
彼の野生溢れる人間力に押し切られたような感覚なのである。

丘のサラリーマンではお会いしたことの無い、命の輝きを感じた
と言えばわかって貰えるだろうか。

ちなみに、帰り間際・僕の方から手を差し出して、握手をしたの
だが、出来れば、ぜひ半年後またお会いしたいものである。

珍品歓迎。


 

  2002年11月12日   岡崎 太郎