DMW全国大会の翌朝である。 今僕は、横浜桜木町の築20年程度は経過していると思われるホ テルの一室にいる。昨晩はすきっ腹で下町のナポレオンをロック で頂いたおかげで23時頃には畳の上でダウンしてしまった。 |
どうやら優しい誰かさんが布団を掛けてはくれたようだ。
コン!コン!
「あれーっ岡崎さん。まだ寝てたですか?みんな玄関で記念撮影
して出かけるところですよ」
見回りに来た主催者サイドの若い衆だ。
「えええ。そうなの・・・早いね。みんな」ユラユラと僕はゆっ
くりと起きあがる。時計を見ると針はきっかり9時を指している。
「オプションどうします?」
「ええ?オプションって・・・あああ市内探索とかね」
「お奨めは横浜トリエンナーレなんですが・・・参加者はゼロだ
ったみたいです」
ん?
「トリエンナーレだと!」
そうだ俺は横浜にいるのだ。昨日の夜到着したまま酒を飲んで
いたので横浜にいる実感がない。
すっかり忘れていた。そうなのだ。横浜ではちょうど現代アート
の祭典「横浜トリエンナーレ」が行われているのだ。
そういえば先日もテレビで紹介されていた。
中でも1人気になったアーティストが居た。
名前は黒田 晃弘(くろだ・あきひろ)画家である。
ポッと思い出すと同時に静かだけれど揺るぎの無い確信を感じ
た。「俺は今日。この黒田という男に会う」
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タクシーで山下公園の中にあるトリエンナーレの会場前に向う
当日券を買い。これもアートだと言う海風にはためく無数の三
角旗のトンネルを10分程度歩くと会場になっているでっかい倉庫
に行き着いた。
迷わず33番ブースを目指す。入り口のある棟の隣の棟らしく
連絡通路を潜るとテレビで見た光景が広がっている。
ところがアーティストの黒田がいない。
近くのスタッフらしい女性に声を掛ける。
「すんません。テレビを見て黒田さんに博多から会いにきたとで
すが」なぜか博多弁ではない。何弁であろう。
「博多からですか?あらあら。でもアーティストは気まぐれです
からね。一応連絡を取ってみます」そういうと彼女は目星がある
のだろうか早歩きで会場を出た。
待つこと数分。まず先ほどの彼女が「見つかりました。すぐに
来られるそうです」と知らせてくれた次の瞬間。
身長180センチ。長髪にあご髭というワイルドで存在感のある男
が人懐こい笑顔で姿を現した。ハーレーの似合う男臭さだ。
「どうも岡崎太郎です」「博多から?」俺と黒田は握手をした。
すかさず「描いてもらえます?」と笑顔で尋ねる
黒田は少し考えると「もちろん。ちょっと待ってくださいね。今
準備しますから」といって画材の準備をはじめた。
後からスタッフに聞いたのだが、誰でも彼でも書いている訳で
はなくて、彼が描きたい対象と思った場合のみ描いてもらえるら
しい。
彼は筆を使わず素手で黒炭を使い描いていく。
「似顔絵」と言ってしまえばそうなのだが、街場の似顔絵と同じ
にしてはいけない。描きあがるまで一時間。色の無い絵だ。
彼は被写体といろんな話をしながら、その被写体と気を交わし
その気で描いていると言う。内側の人間性を感知炙り出し描いて
いくようだ。残念ながら写真では表現できない範疇の表現だ。
手は、みるみる真っ黒になっていく。
彼によれば「手がスーと勝手に動くんですわ」
しかしこの男の目は優しくどこか遠くを見ているようで奥の方
がギンっと光っている。不思議な魅力な男だ。
今年35歳。学年では僕のひとつ下になる。
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「数年前は焼き芋屋なんかやりながら絵を描いてたんですが、あ
るとき勝手に余命2年だと決めたんですよ(笑)
どうせ2年で死んじゃうんだから・・・それから好きなことを
やりたいことをやろうと決めてから絵一本でやってるんですよ。
おかげさまでまだ生きてますが(笑)」
確かに絵だけで食べていくのは大変なことだが、彼のような存
在は今の日本の若者には勇気だ。地面に素足でムンズと立ってい
る力強さだ。
あまりにも将来の安定や安全を考えすぎて今に生きれないので
あれば本末転倒なのだから。
今をしっかり生きれば「明日はどうにかなる」「明日はどうに
かする」自分を信じなければやってられない。
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「来年の1月から3ヶ月くらいバングラディシュに行きます。
そこで1000人の似顔絵を描く予定です。
いろんなストリートで。
実はバングラディシュの美術館を3月最後の週だけ一週間予約
してるんだけど、そこに各々持ってきてもらう約束をするんです
1000人中集まるのは50人かも知れないけれど、展示する絵は、
持ってきてもらう絵だけ。ようは芸術っていうか美術に感心をも
ってもらいたいんです」
画家は、描きあがった後、相手をどれだけ感動させられるか?
の真剣勝負ということになる。
その感動が美術館まで絵を運ぶモチベーションになるのだから。
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そんなわけで僕もバングラディシュに行かなきゃ。
僕を描いた絵は期間中トリエンナーレに展示されます。
11月の中頃に、黒田さんがテレビで紹介されるそうです。
「ウルルン滞在記」の後に10分程度流れる番組でタイトルはわか
らないそうです。
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