557-新店

 事務所の近所を歩いていると、なかなか魅力的な豚骨らーめん
屋がオープンしていた。


 たくさんの花が届けられた新店の前では店員がビラを配りなが
ら通行人にアピールをしている。その横にはビニール製のシート
にインクジェットで「おすすめラーメン」が印刷されている。
(最近はこの手のプリンターの性能がさらに向上し大変美しい)

 このらーめん屋の売りは「炙りチャーシュー」と「黒豚骨」と
いう中々新しいアイデアなのだが、炙られたチャーシューの焦げ
具合に白濁スープに浮かぶ特製焦がし香味油の黒がよく写真で表
現されている。

「うーん。どんな味なんだろう」好奇心をそそられた。 

 翌日。さっそく僕はそのらーめん屋に足を伸ばした。店内は洒
落た和風ダイニングといった内装でジャズが小さくなっている。
迷わず「炙りチャーシュー黒豚骨らーめん」に煮卵をトッピング
でオーダーする。

 さて美味しいのだろうか・・・ワクワクしてきた。

 まだ手つきのおぼつかない店員がラーメンを運んできた。
「ほほぉう写真どおりだね」

 お箸で黒い香味油をひと混ぜする。白濁スープが茶色に変わる
おもむろに麺をつまむと一気にズルッと吸い上げる。

「ん?」

 なんだ。次にレンゲでスープをすくうと慎重に味見をした。

「ん?」

 次にチャーシュー。 「まぁ普通だな」

 次に煮卵   「煮すぎだ。醤油が強い」

 ストレートに表現させていただくと「おいしくない」高速道路
のサービスエリアで食べるラーメンと同程度だ。

 麺に小麦の甘さが無いだけでなくゆで時間が長いのかべったり
している。スープに関しては深みがない。黒い香味油もただオイ
リーなだけで言うほどの効果は発揮されていない。
これならただの背油を入れとけばいい。

 期待が大きかった分の落胆ではない。明らかに不味いのだ。

アイデアはいい。店舗も綺麗だ。店員もそこそこ。しかも広告が
上手だ。地元のテレビや情報誌の露出が多く目立っていた。

 しかし肝心の味が駄目というのは致命的だ。
 最初についてしまった印象はなかなか挽回できない。

 チャンスは一度なのだ。

 考えてみるとらーめん屋はお洒落な店舗を作る前にしなければ
いけないことがある。それは味の探求だ。らーめんはファッショ
ンでは無い。

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 蛇足だが思えばジャズを流すにしても有名店「一風堂」の真似
である。真似が悪いとはいわない。ただ本家を超える心意気はも
って欲しいものだ。

 たとえば小さく流さずに大きな音量で流す
 たとえば流す盤を厳選する。らーめんを食べる時に最適なチョ
イスを考えるのだ。有線のジャズチャンネルなんて安易すぎる。
 たとえば最高のステレオで鳴らす
 たとえばジャズではなくてラップを流すとか

 なんて具合である。

 それにしてもラーメン屋ではじめてジャズを流した男は賞賛に
値する。今は上海を舞台に走りまわっていると聞く。ぜひ一度お
会いしたい男の1人である。


 

  2006年06月15日   岡崎 太郎