828-ネタ

 気がつくと、ここ最近とんとメルマガを書いてないなぁと反省した。

 一番の理由は「twitter」をはじめたことなのだが、140文字という
超ショートな「つぶやき」に慣れてしまうと。長い塊の文章が面倒になる。

 

 もちろん短い文章ならではの難しさはある。だがクオリティーの問題を
無視してしまえば、長いより短い文を書くほうが楽である。

 中でも長文を書くには、テーマというかネタの設定がある。
 これはいざパソコンに向かえばスルスルと決まるものではない。
 日常の中で意識しておかなければ出てこない。

 この「オカザキマガジン」を書きはじめた2001年の頃は毎日メルマガ
を標榜していた関係で、今日は何を書こうかとアンテナの感度を全開にして
いた。ある種のストレスなのだが、この自己縛りはとてもいいトレーニング
になった。
 さらに登録読者が数千人を超えてくると、あまりいい加減な内容では
申し訳ないと感じ、テーマをじっくり考えていた。このこともいい結果に
繋がったと思う。

 思い返せば、このメルマガがきっかけになって出版の機会にも恵まれた。
年間2冊のペースで出版を重ね13冊の作品を出せたのも、このメルマガ
のおかげである。
「twitter」上でも小説の連載といった試みがあるようだから、メルマガや
ブログ同様、書籍への転用もそのうち実現するのだろう。

 さて話をネタに戻そう。

 ネタ・テーマを何にするかには、いくつかの法則があると思う。
 大きくいえば、自分の感性にひっかかったモノということ。

 メルマガという限られた読者への発表というわけだから、そう市場性など
考えてはいない。また僕の場合、ブランディングなんかも考えていない。

 言うなれば、できるかぎり現時点で頭や心にあるモヤモヤを文章として
定着させようとしているだけのこと。

 つまり、日常で疑問に想ったことや、なんとなく考えているけれど、
答えのでないことを調べたこと。他には、あらためて「そう」だなぁと腑に
落ちたこと。

 それと人間関係のことや、新しい技術やビジネスのトレンドなど。
 
 気をつけているのは、ステレオタイプにならないことと、そうは言っても
マニアックに成りすぎないことで、自然このバランスを考えている。

 普通のことを書くにも、なるほどと想ってもらう仕掛けがなければ
 なにも面白くないから価値がなくなってしまう。

 最後に、ある一定以上の情報が集まり知の体系が頭に出来てくると、
新しい情報の分析というか理解が早くなるということがある。効率はいいの
だが、なんでもシタリ顔では老人になってしまう。

 その反対の、まったく分類不可能な路線から分断されたところから生まれ
てきた新しいエネルギーや運動に「ときめいて」しまう。

 そんなわけで、このメルマガは、知的好奇心のスイッチを押す大きな動機
づけとなった。

  2010年03月23日   岡崎 太郎