「スプーン曲げ」を実際に目の前で見たことがあります。一回目は小学生の
頃、曲げたのは父親代わりのお兄さんで、二回目は訪販会社時代の先輩でし
た。
驚いたのは、二人ともスプーン以外に十円玉や家の鍵など腕力ではちょい
と曲がらないものも目の前で「ぐにゃり」と曲げました。
あれから十年経過した今でも半信半疑な僕ですが、覚えている言葉があり
ます。「曲がると思わなければ曲がることは無い」
何を成し遂げるにも、まずは想いと根拠の無い確信が必要だということで
す。
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第一章「スプーンは曲がっていた」
僕は神妙に話はじめた。
「何の話だよ」隣の席に座った山本は胡散臭そうに顔をしかめる。僕は飲み
終わったダイキリのグラスを持ち上げ、もう一杯と注文をした。無口なバー
テンは視線を合わせ頷くと、ダイキリに必要なライムを取り出した。
時計は22時を少しまわったところ、繁華街のはずれにある小さなバー。
8人も座れば満席のカウンター。同級生の山本とは一年振りにグラスを合わ
せた。
「何の話って・・・スプーン曲げの話だ。ロシアの超能力者や天才少年が昔
テレビにでてただろ?止まった時計を動かしたりさぁアレだよアレ」
「で、なんだ。そのスプーン曲げを披露してくれるのか?」
「・・・」僕は山本に向き返ると彼の目の奥深くを覗き込んだ。
少しの沈黙の後、山本が口を開いた。
「なんだお前できるのか?」
もちろんと僕は頷いた。
あっそと山本は正面に向きかえるとバーテンに「スプーン貸して?」と尋ね
「どうせ曲がらないだろうけど」と続けた。
「すいません。ティースプーンでもいいですか?・・・あいにく大きいのは
・・・」バーテンは銀色のティースプーンを山本に渡した。
スプーン曲げ用のスプーンはカレースプーンと相場が決まっているが、大
きさは関係ないだろう?と山本が試すように僕を見る。その視線は「やって
みろよ」と挑戦的だ。
「信じてないんだな?」
「信じてるさ」山本は口をヘの字に曲げて笑った。
しかしティースプーン曲げとは小さい話だ。
「なんだ、自信がないのか?ティースプーンだって立派なスプーンだぜ。な
んならフォークにするか」
僕は2杯目のフローズンダイキリをストローで最後まで啜ると腕まくりを
した。