629-スプーン曲げ【第一章 スプーンは曲がっていた(2)】

 イメージは「くの字」。スプーンの楕円部分から柄に向う首の部分を曲げるイメージだが、曲げる部分は触らず、細い柄の一番端をちょこんと右手の人差し指と親指で摘まんだ。
 
 
左手はバスケットボールを掴んだように軽く指を曲げスプーンから10cmほど離しエネルギーを送る格好をした。エネルギーが出るかは定かではないが、そうした方が曲がり易いと思えるからだ。

 とにかくどの指も曲がる部分には触れない。
 これで曲がれば、山本も認めざるえない。
 山本は無言で僕の仕草をじっと見ている。
 その目は手品の種を見つけてやると言いたそうだ。

 まぁ仕方ないだろう。僕自身も「スプーン曲げなんてマジックさ」と思っていた数日前までは・・・。

「曲がるわけがない」この常識的な意識が払拭できなければ、いくら念じてもスプーンが曲がるはずなどない。

「曲がれという想い」と「曲がるはずなど無い」という想いの強い方が勝つわけだから、両方の想いが拮抗している状態では何も変化が起こらない。

 ポイントは、どちらも強い想いという点だ。

 車のアクセルとブレーキその両方を同時に踏んでいるような状態だと、少しブレーキを弱めるだけで車が前に進みだすのに似ている。つまりブレーキとして機能している反対の想いを弱めることが大事だということだ。

 すでに強く想っているのだから、それ以上に強く想う余地は少ない。それよりも片方の「曲がるはず無い」という想いを弱くすれば、もしくは消滅させれれば曲がるはずだ。

 今の僕は、根拠の無い自信というか、かならず曲げれる確信があった。曲がらない方がおかしい。曲がるのが当然だとまで思えている。
 後述するが、それはある事件がきっかけだった。

「よし山本、曲げるぞ」僕は静かに言った。
 無口なバーテンも僕の手元を興味深く見つめる。

 僕は目を閉じ鼻の両穴から息を大きく吸い込み少し息を止め今度は口からゆっくりと吐き出した。すべての息を出しきると、もう一度息を吸い息を止めた。ティースプーンがまるで熱で溶け出したチョコレートのように柔らかくなり完全に曲がりきったイメージを焼き付けた。

 これだけ柔らかいんだスプーンは簡単に曲がる。いやすでに何もしていないのに曲がりはじめている。呼吸にあわせてゆったりと自分に言い聞かせるようにイメージを繰り返す。

 変化は起こった。

 グニャリ。

 まるで自転車が大型ダンプに衝突したようにスプーンは呆気なく一瞬で曲がった。

 山本の表情が一瞬固まり、みるみる顔が上気して赤くなった。

「な・な・なんで、触んないのに曲がる?」
「驚きました」バーテンも思わず言葉を漏らした。

 僕は瞑想状態から意識を戻すと、イメージ通りに曲がったスプーンを見た。

「山本にもできると思うよ」

 出来てしまえばなんということは無い。誰にでも出来るのではと思える。テレビの中で挑戦に成功した小学生のコメントと同じだ。
「そっか?やってみようかな、俺はできないと思うけど・・・」山本は曲がったティースプーンを弄りながら首を捻った。

  2007年02月26日   岡崎 太郎