630-スプーン曲げ【第二章 安物のスプーン(1)】

 そのことに気づいたのはひさしぶりに実家へ帰った先週末だった。電子レ
ンジで温めたインスタントカレー食べようと、スプーンやフォークが収納さ
れている食器棚の引き出しを開け覗き込んだ。


 

 そして一本だけ「くの字」に曲がっているスプーンに気がついた。僕はそ
のスプーンを持ち上げ色んな角度から見まわした。

「狐につままれたような」とはこんな気分か?。
 その狐に誘われ記憶が蘇ってきた。

 あれは高校2年の夏のことだ。
 僕は急性盲腸炎で病院に担ぎ込まれそのまま手術そして入院をした。麻酔
の量に問題があったのか、なかなか麻酔が抜けきれず、通常一週間で退院の
ところ倍の2週間も入院となった。

 ちょうど入院一週間目の頃、友人が暇そうにしてい僕に一冊の本を手渡し
た。タイトルは「エスパー入門」。

 ちょうどいい暇つぶしになるかなぁと思い読みはじめた。

 内容に、たいした驚きはなかったけれど、昼食の時に拝借していたアルミ
製のカレースプーンに「曲がれ曲がれ」と念を込めてみた。

 病院のスプーンはちょっとでも力を入れれば簡単に曲がりそうな安物で、
この程度なら、もしかしたら曲がるんじゃないかと期待したが曲がらなかっ
た。

 それから毎日、僕は飽きもせずに一週間悶々とベッドの上でスプーンを睨
み念を送った。何度も何度も呪文のように・・・。

 しかし曲がらなかった。

 途中「曲がれ」を「曲がっている」に変えたりもしたが曲がることはなか
った。「やっぱり無理か」腹いせに力で曲げてやるかとも思ったが今までの
努力が無駄になるようで出来なかった。

 あっ!あの時のスプーンだ。

 消毒液の臭いと配膳のムッとした臭いを思い出すほど鮮明にイメージが蘇
った。

 そうそうこのアルミの安っぽい感じ。間違いない。

 しかしなんで曲がってるんだ?

 イタズラで誰かが曲げたのだろうか?

 しかしよく残っていたな。あれから10年だぞ。

 そこに母親が帰ってきた。「病院のスプーンでしょ、あなたが記念だって
持って帰ってきてそのままよ。えっ何?曲がってるの?そんなわけないでし
ょ。曲がってたら捨てちゃうわよ。でも変ね朝見たときには曲がってるスプ
ーンなんてなかったわよ」

 たしかに曲がってない普通のスプーンやフォークの中に一本異常なスプー
ンがあれば気がつくはずだ。

 母親が出かけた10時から13時の間に曲がったのか?

 どうも釈然としない。

 僕は考えた末にある仮説を考え出した。

「10年前の念が今になって働きだしスプーンを曲げた」

 非常識なのは承知だが、それぐらいしか考えられない。
 とりあえず僕はその非常識な仮説を信じる事にした。

 実家から1人暮らしのマンションに帰ると、すぐに適当なスプーンを取り
出し、再チャレンジをはじめた。

 曲がるという事実を深層心理で認めたことでスイッチが入ったのだろうか
、最初のうちはピクリとも曲がらなかったスプーンが、意識を集中できた場
合に限ってスプーンが曲がった。それから2日間で家にあったスプーンとフ
ォークはすべて曲げた。

 僕は興奮した。一体何が起きているんだ。10年の時を経て僕は超能力者
になってしまったのか?

 翌日は会社を休んでインターネットで超能力関連情報を読み漁った。そし
て自覚したんだ。

  2007年02月27日   岡崎 太郎