632-スプーン曲げ【第二章 安物のスプーン(3)】

「簡単な話。昼時にカレーが食べたいとカレー屋を探してるのにケーキ屋に
入る人はいないだろ」

 山本は相槌を打ち聞いている。


 

「カレーを食べたいという欲求とイメージがまずある。だからカレー屋を探
す」

「当然だ」山本が頷く。

「程度問題だと思うが、カレーを食べたいという欲求は高級フレンチを食べ
るよりは簡単に達成できる」

「今時カレーは300円くらいで食べれるもんな」

「しかし金額の問題だけではないと思うんだ。カレーを食べたいと思うとき
、今日カレーを食べなければ死んでしまうなんて恐怖感や焦燥感はない。力
強さはないが、絶対にカレーが食べれるという確信さえある。反対に言えば
、今日食べれなくても明日食べればいいという感覚さえある」

「何が言いたい?」

「だからカレーが簡単に手に入る。食べれると思うんだ」

「だから何が言いたいんだ?」山本は困惑した表情を浮かべた。

 僕は一呼吸入れた。

「つまり手に入れられるという確信があるのに、マイナスのイメージがない
状態ってことだと思うんだ。マイナスのイメージがないから少しのプラスの
イメージでも達成できる」

「すると何かカレーが食べれないかも知れないとマイナスな感情があるとカ
レーが食えないってことか?」

「ああ可能性の話だが、プラスからマイナスを引いて、それでもプラスなら
、そのプラスのエネルギーの想いが達成する。そう思うんだ。

 ほら遅刻しそうな時に限って赤信号が続いたり電車が遅れたりってことが
あるだろう。あれと一緒だと思う。プラスだろうがマイナスだろうが、どう
やら脳みそはイメージの強い方を実行する性質があるんだろう」

「なるほど、遅刻しそうな時は、烈火のごとく怒りまくる上司のイメージし
かないもんな。マイナスな意識や感情に引っ張られてんのか・・・。そうか
ネガティブを排除することができれば、想い通りになるってわけだな」

「そうだ。出来ないと想ってることはもちろん出来ない。同じように出来る
という想いより出来ないという想いの方が大きければ出来るは達成できない
・・・スプーン曲げと同じさ」

「ところが触りもしないのに曲がった。それも目の前で」山本が応えた。

「そこに秘密がある。マイナスのイメージをゼロにすることだ。マイナスを
消すことができれば少しだけプラスをイメージするだけで簡単に達成すると
いう仮説だ」

「それは出来ることが当然と思えるってことか?」

「そうだなぁ101匹目の猿じゃないけど、今まで技術的に無理だと言われ
ていた事を、ある一社がブレークスルーすると、他の会社まで軽々とハード
ルを越えだすことがある。今までそれは無理だと想いこんでいたパラダイム
が崩れて「できるのが当然」となるからだろう」

「常識の壁ということか・・・」山本は深く頷いた。

「そう出来るはずだではなくて、出来て当然というレベルまで思うことだろ
う」僕は自分に言い聞かせるように断定した。

  2007年03月01日   岡崎 太郎