633-スプーン曲げ【第二章 安物のスプーン(4)】

「山本。少し話を戻したいんだけどいいか?」

『カレーを食べたい』これって『やりたいこと=カレー』という欲求っての
が先にあるわけけど、その想いがなかった場合どうなるのかなぁ」


 

「そのつど適当に湧き上がってくるんじゃないの」

「まぁ昼食くらいならそれでもいいけど、何も指針が無いってのはどうなん
だ?」

「適当に外食ばっかりしてたらあっという間にデブになっちゃうな」山本が
笑った。

 たしかに健康的な生活ではない。
「山本は何か明確な目標とかやりたいとかってあるのか?」

「俺はやっぱ今の彼女と結婚だろ。そんでマイホーム。それと昇給昇進。そ
んで素敵な家庭だよ」山本がオドケテ応える。

「嘘だろ?」僕は山本に振り返る。

「嘘だよ嘘!今時そんな事思ってる奴がいるかよ!そんな誰かの受け売りの
ような人生はこっちから願い下げだ」山本は右手の中指を立てた。

「じゃあなんだ」

「しいて言えば自由だ」山本はきっぱりと言った。

 自由。僕の頭の中で自由という言葉がくるくると回った。この男はどんな
意味で自由という言葉を使っているんだろうか?

「どんな自由だ?」

「すべてだ!・・・といいたいところだが」そう言って言葉を切ると喉が渇
いたのか、少し溶け出したダイキリを飲み干し続けた。
「まず経済的な自由。そんで選択の自由。この2つの自由を俺は求める」山
本はこぶしを力強く突き上げた。

「自由ね・・・」

「嘘だ。なにも明確には持っちゃいない」山本が自虐的なトーンで言った。

 酒の入った頭でこれ以上は無理だと思い。話題を切り替えることにした。
堅苦しい話はもう充分だ。せっかくのダイキリが台無しになることは避けた
い。

「新しいダイキリをお作りしましょうか?」
無口なバーテンがその変化に気がついたのか僕に微笑んだ。

  2007年03月02日   岡崎 太郎