翌日は朝10時から商品開発会議が一本入っていた。来シーズンのサンプ
ル数点をひとつづつ確認しスタッフへ手直しの項目を指示した。
山本から電話をもらったのは、ちょうどその会議が終わった11時を少し
まわったところだった。
「どうした?」
「いやぁ昨日のことが気になってな」
そりゃ気になるだろう。
「一夜明けてまだ信じられないんだが・・・お前スプーンを曲げたよな」電
話の声は心なしか気弱だ。
「ああ曲げたよ」僕は余裕を醸し答えた。
「簡単に言うね。そうか・・・あれは夢じゃなかったわけだ」
僕は何と答えるべきか少し悩んで相槌だけをついた。
「あの後カレーの話をして、なんか難しい話をしたよな。実はスプーンより
あれのほうが気になってんだ」
「お前は金銭的な自由と選択の自由と言ってたぞ」
「そんなこと言ってたか」
「望んでる事を洗い出してみるか?次回は酒抜きで」と山本に提案した。実
は自分もこの「望んでること」を明快にすべきだと感じていた。
「早いほうがいいな」山本は応えた。
そんなわけで仕事を早めに切り上げ七時間後の夕方六時から会う事になっ
た。場所は宮益坂を昇りきった角を左斜めに曲がってすぐのハンバーガ屋を
左に入ったその路地の奥にある喫茶店にした。
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時間通りに暗めの店内に入ると右奥の席から山本が「ここだ」と手を振っ
た。いつも時間に遅れてくるのに珍しい。
ちょうどその先の会社で打ち合わせだったんだ。山本は印刷会社の営業を
している。
「よく仕事抜けれたな?」僕は座るなり山本に声をかけた。
「ああ一応これでも自由人志願者だから、これくらいはいいだろう」と冗談
めかして笑った。
珈琲を2つ頼む。
「さっそく本題だがいいか?」山本はやる気満々でカバンからノートとペン
を出した。
「正直2つの自由だと格好よく答えたが、あれは先輩の受け売りだ。俺の言
葉ではない。ただまったくそう思ってないわけではないが・・・」
僕はわかっていたよと深く頷くと、いつになく素直な山本がいい奴に思え
てきた。
「まさかお前、スプーン曲げ以外にも予知とか別の能力もあるんじゃないよ
な」周囲の客を気にしながら小声で言った。
「心配するな今のところはまだだ」僕はニヤリと答えた。
「そうか安心したよ」と山本は脱力したようにソファーの背にもたれた。
「さぁどうする」僕は山本にこの2人だけの会議の進行方法になにかアイデ
アがあるのかと訊ねた。
「まず俺の方から先に本心をぶちまけるから、お前は客観的にアドバイスし
てくれ、適当なところで交代しよう。夢と言われてもピンと来ないから「や
りたい」がいい。大小あるがまずは思いつくままに出してみる」そう言うと
山本の頬が少し引き締まった。
わかったと僕は頷いた。