746-マイケルムーア・

 2007年の7月に封切られていたマイケルムーア監督の『シッコ』をようや
くDVDで見た。


 ムーア作品は
1989年の『ロジャー&ミー』
1997年の『ザ・ビッグ・ワン』
1999年の『アホでマヌケなアメリカ白人』
2002年の『ボウリング・フォー・コロンバイン』
とすべてDVDを購入するほど大ファンだったのだが

 2004年の『華氏911』が予想よりも重たい内容な上に後味が悪く、DVDを
買うのをやめ、新作『シッコ』に関しても足が遠のいていた。

 ようやく重い腰をあげて見たのだが、徹底したジャーナリスティックな
考察のうえブラックで風刺の効いた編集と表現にいろいろと考えさせられた
のは当然ながら、終盤、静かな感動に涙した。

 ドキュメンタリーで泣くとは・・・ほんと驚いた。

 カンヌ国際映画祭55周年特別賞や、アカデミー長編ドキュメンタリー映画
賞を受賞しドキュメンタリー映画家としての評価を確立した、コロンバイン
高校銃乱射事件を題材にした『ボウリング・フォー・コロンバイン』では、
犯人の高校生2人が自身の在籍する学校で10数名を殺傷する直前にボウリン
グに興じていたという事実からタイトルを決定するなど過激な言動や思想が
問題視されているマイケルムーアだが、新作『シッコ』ではまさに新境地
を開いたのではと感じた。

 ちなみにアカデミーの授賞式ではブッシュを「架空の選挙で選ばれた架空
の大統領」でありブッシュ政権の起こしたイラク戦争を「架空の理由で戦っ
ている戦争」と断じるなどお騒がせな男だが、その勇気は尋常ではない。

 巧みなフィルム編集技術に事実を大げさに表現しているなどのムーア批判
も多く目につくが、できるだけ彼の映画をきちんと見てご自身で判断頂きた
い。

 さて新作『シッコ』の中から気になったシーンのメモを紹介したい。

 イギリスの医療制度を語る元イギリス国会議員のインタビューだ。

「民主主義はもっとも革命的な思想だ。社会主義や何かよりはよほどね。
もし権力を持てば、自分やコミュニティーの需要が満たせる・・・

資本家が言う「選択肢を与える」という考え方は選択の自由があればこそで
借金苦の人々にそもそも選択の自由などありはしない。

 労働者の借金苦は体制側を利するものだ。借金苦の者は希望を失い、投票
もしない。もし自分の代弁者に彼らが全員投票すれば革命が起こる・・・

 体制側はそれは困るから国民の希望を奪う。

 国家の支配には2つの方法がある。
 ひとつは恐怖を与えること、そしてもうひとつは士気を挫くこと。
 
 教育と健康と自信を持つ国民は扱いにくい。
 与えれば手に終えなくなると体制側は思っているのだ。

 世界の1%の人が80%の富を独占している。
よく皆は耐えていると思うが、貧しく士気を挫かれ恐怖心があるため
命令を聞いて最善を祈るのが一番安全だと思っているんだ。
 
 失業は怖いからね」

 ここでインタビュー画面からある企業のシーンに画面がかわり経営者らし
き人物が、労働者に「嫌なら会社を何時辞めても構わないんだぞ」と恫喝し
ている映像が流れる。

 そして就職前から大学の奨学金の返済や自動車のローンで借金を抱え込む
人たちの映像が流れる。なるほどアメリカ社会では働く前から借金漬けにし
て従わせようとしているのだ。

 このシーンひとつでもなんとも興味深い考察があります。

 処女作の故郷の自動車工場が閉鎖され失業者が増大したことを題材に撮っ
た『ロジャー&ミー』から流れる企業論理の行過ぎ批判です。 
 
 単なる医療制度批判の映画と思われがちの新作『シッコ』ですが、
ぜひご覧頂ければ、ムーア監督の深い洞察に脱帽すること間違いなしです。

  2008年06月04日   岡崎 太郎