809-選択肢

あれもこれもと、たくさんの選択肢があることは、環境に恵まれているこ
とだと思い知らされた。

なにせ選択肢がひとつしかない過酷な条件下では悩んでいる暇はないのだ。

 

宮崎の奥地に400人の村がある。

 この村は九州最大のゆずの産地で有名なのだが、この村にたどり着くには
市内から険しい山道を2時間ばかり車で登らなければならない。

 おかげでこの工場では、加工を委託するといった発想は生まれなかった。

 ぽん酢・マーマレードジャム・羊羹・ゆず胡椒・ゆず味噌・ゆずゼリー
まで、圧搾から充填まで、すべて自社加工なのだ。結果、よそが真似出来な
い小ロットで生産する体制ができた。

 怪我の功名であるが、オリジナル度の高いユニークな製品を試しに製造
販売することが可能なのだ。ここに勝機があると僕は思う。

 また従業員はすべて村の人たちだ。通勤が難しいのがその理由である。
 
 多くの会社が優秀な人材を求め、広く募集し選ぶといったプロセスはこの
会社には無い。それ故、いま在るモノの中で最善を尽くすことにフォーカス
できる。

 エネルギーが外に漏れずは内に向かうのだ。

 ともかく生き残りをかけ進化の道を進んだ結果。今のカタチになったのだ。 
そこには壮絶な努力と工夫がある。

 村の存続を背負った企業の底力を感じた。

 この工場の横の山には、国の重要無形文化財の1番目に指定された神楽の
舞がある。5百年以上の歴史を持つ原始風景を色濃く残した力強い舞だそう
だ。12月14日の一日だけ夜八時から17時間。休むことなく夜を徹して
舞を奉納する。もっとも寒さの厳しいこの時期に屋外で行われるので観光客
は1時間ももたないそうだ。

 村にはいまだ猟師が数人いて、神前には猪の生首が奉納されるという。

 21世紀の話とは思えないが、文化を途絶えさせるわけにはいかない。
神楽こそ村人の誇りなのだ。

 村には小中あわせて十数人の子供しかいないという。山村留学を取り入れ
るなど努力は継続している。しかし山深い中で高齢化は一段と進んでいく。

「あまりゆっくりしていると村がなくなっちゃうんだよね」
 経営者の男は僕にこう語った。

 何ができるのか。そう残された時間はない。

  2009年08月25日   岡崎 太郎